東京地方裁判所 昭和35年(ワ)3514号 判決 1963年9月28日
判 決
東京都新宿区西五軒町四九番地
原告
宮田印刷株式会社
右代表者代表取締役
宮田孝
右訴訟代理人弁護士
鈴木義広
東京都中央区日本橋箱崎町四丁目九番地
被告
株式会社佐々木信親商店
右代表者代表取締役
佐々木信親
右訴訟代理人弁護士
松島政義
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、当事者の求める裁判
(一) 原告は「被告は原告に対し金二、一二〇、八〇七円およびこれに対する訴状送達の翌日(昭和三七年五月一八日)から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。
(二) 被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めて。
二、原告の主張は次の通りである。
(一) 原告は印刷用活字組版を業とする会社であり、被告は和欧文その他の印刷等を業とする会社である。
(二) 原告は被告の申込により、昭和三五年六月から同年一〇月頃までの間、東京都中央区日本橋箱崎町四丁目九番地所在の被告印刷工場に原告の活字その他印刷用具類を搬入し、同所において左の印刷用活字組版の仕事をなし、左の請負報酬の支払を受ける契約をした。
仕事の内容 請負報酬額
(イ)全国消費統計報告第一分冊関係組版 二九〇、七五〇円
(ロ)同 第二分冊関係組版 一四九、〇四〇円
(ハ)同 第三分冊関係組版 九六、六六〇円
(ニ)国際統計論文集関係組版 一五九、〇八〇円
計 六九五、五三〇円
被告は右請負報酬金のうち昭和三五年一〇月五日金一〇〇、〇〇〇円、同月一五日金一一〇、〇〇〇円、同年一二月二〇日金七〇、〇〇〇円の合計金二八〇、〇〇〇円を支払つたのみで残金四一五、五三〇円の支払をしないのでその支払を求める。
(三) 原告と被告とは昭和三五年一〇月下旬右組版の請負を合意により終止したが、その際被告の印刷終了まで原告の活字組版と附属器具類を貸与することとした。右印刷は同年一〇月末日までに終了したのにかかわらず、被告はその返還をしなかつた。その後被告が活字を地金として鋳造領得し、その余の資材も破損紛失して返還不能となつた。よつて原告はその返還に代る損害金として左の代金相当額合計八八五、二一二円の賠償を求める。
活字組版その他資材
(イ)活字三七一八キログラム 五三五、三九二円
(ロ)クワタおよび活字鋳造費 二〇二、五〇〇円
(ハ)置ゲラ 五二六枚 一〇五、二〇〇円
(ニ)活字ケース 七枚 一、一二〇円
(ホ)文撰箱 一〇〇個 一、五〇〇円
(ヘ)欧文植字台 四台 三〇、〇〇〇円
(ト)和文植字台 一台 五、〇〇〇円
(チ)組ゲラ 五枚 二、五〇〇円
(リ)ケイ切機 一基 二、〇〇〇円
計 八八五、二一二円
(四) 被告が前記活字その他資材を返還しないため、原告は止むなく他から活字その他の資材を借り入れ賃料を支払つて営業を継続していた。昭和三五年一一月から昭和三七年一月までの一五ケ月間の左記賃料合計八二〇、〇六五円は被告の返還不履行による損害であるからその賠償を求める。
活字資材 一ケ月賃料 一五ケ月賃料
(イ)活字三七一八キログラム 三七一八〇円 五五七、七〇〇円
(ロ)その他資材 一七、四九一円 二六二、三六五円
計 八二〇、〇六五円
三、被告の主張は次のとおりである。
(一) 原告主張(一)項の業務内容の事実を認める。
(二) 原告主張(二)項のうち原告と被告との間に活字組版の請負契約のあつた事実は認める。しかし右請負報酬は完成品に対して一頁八五〇円の割で支払われる約束であるところ、原告の完成したのは、(イ)全国消費統計報告第一分冊関係のうち二五〇頁(ハ)同第三分冊関係のうち三四頁であつて、その報酬額は合計二四一、四〇〇円である。これに対し被告は昭和三五年九月二六日金七〇、〇〇〇円、同年一〇月五日金一〇〇、〇〇〇円同月一五日金一一〇、〇〇〇円、同月二五日金六五、四〇〇円の合計金三四五、四〇〇円を支払つており過払となつている。
(三) 原告主張(三)項のうち、昭和三五年一〇月末頃被告が原告の活字組版その附属器具を預つたことは認めるがその内容は争う。原告が被告印刷工場を使用して請負の仕事をしたのは原告の希望によるものであつて、原告は昭和三五年一〇月末日頃請負を投げ出して仕事を中止したのであり、その結果被告工場に残された物は次の品である。
(イ)活字 一、七八二キログラム
(ハ)置ゲラ 一九一枚
(ニ)活字ケース 三枚
(ホ)文撰箱 一〇〇個
(ヘ)欧文植字台 四台
(ト)和文植字台 一台
(チ)組ゲラ 五枚
(リ)ケイ切機 一基
右の物品は被告において保管中であつて返還可能である。なお(イ)の活字はもともと活字―地金―活字と鋳造を繰り返して使用するものであるから被告はこの用法に従い保管しているのであつて、領得しているのではない。
右物件の返還がなされていないのは、被告が原告に引取方を催促しても原告が取合わないためである。
(四) 原告主張(四)の事実を争う。原告が他から資材を借りいれた事実は知らないが、仮りに借り入れたとしても、被告は原告に対し不履行はなく、損害賠償の責任はない。
四、証拠関係≪省略≫
理由
一、原告は印刷用活字組を業とする会社であり、被告は和欧文その他の印刷を業とする会社であることは当事者間に争いがない。
二、(証拠―省略)によれば、昭和三五年春原被告間に全国消費統計第一、第二、第三分冊および国際統計論文集の組版を原告が請負う契約が成立したこと、やがて原告会社内の事情から原告は右組版に要する資材を被告の工場に搬入して仕事をするようになつたこと、そのご昭和三五年一〇月に右請負は全部の終了をまたずに打ち切られたことが認められる。
三、そこで請負代金の支払を求める原告の主張について判断する(証拠―省略)によれば、請負単価は当初完成一頁につき八〇〇円と定められ、そのご一頁九〇〇円に増額変更されたことが認められる。(証拠―省略)によれば、請負打切の昭和三五年一〇月末当時に完成つまり校正完了の段階まで進んでいたものは全国消費統計第一分冊(全四〇三頁)のうち二五〇頁、同第三分冊(全五二四頁)のうち三四頁、合計二八四頁であつたことが認められ、そのほかに同第一分冊のうち一三一頁、同第二分冊(全五〇一頁)のうち二七六頁、同第三分冊のうち一二八頁、国際統計論文集(全五七二頁)のうち二八二頁が未校正のもの表則なきもの、あるいは表則なきものという形で進行していたことが認められる。(証拠―省略)によれば完成頁数は全国消費統計第一分冊三九二頁、同第二分冊二七六頁、同第三分冊一六二頁、国際統計論文集二六一頁となるがこれは校正も完了せず、活字を拾つた段階を数えている結果であつて完成頁数とは認められない。
前記完成頁数からみると頁単価を九〇〇円としても合計金二五五、六〇〇円となり、甲第二号証(原告の請求書)のように第一分冊分の頁単価を八〇〇円とすれば合計金二三〇、六〇〇円となるところ、被告は原告に対しすでに少くとも二八〇、〇〇〇円を支払済であることは当事者間に争いがないので、請負報酬の支払を求める原告の請求は理由がないといわねばならない。
なお未完成品の清算方法について請負契約当初あるいは請負打切時に協議が成立した旨の、あるいはその場合の商慣習がある旨の主張立証はなく、成立に争ない甲第四号証および宮田孝供述、佐々木信親供述によれば、昭和三六年四月頃の話し合いにおいて未完成品の評価を含めて請負代金を金六九五、八九〇円とする提案のなされたことが認められるけれども、この協議が成立したと認めるべき証拠に欠けるので前記結論に変更を及ぼさない。
四、次に資材の返還に代る損害賠償を求める原告の主張について判断するのに次の理由により原告請求は理由がない。
(一) 前述のように請負打切の昭和三五年一〇月末に、原告の資材が被告印刷工場に残されていたことは当事者間に争いがない。したがつて原告の請求のあり次第(但し請負の内容からみて印刷の終了するまではこの限りでないと思われるが)被告がこれら資材を原告に引渡す義務を負うことは明らかである。
(二) 当事者間に争いのあるこれら資材の数量について、原告の主張を認めるに足りる証拠はない。この点に関する(証拠―省略)に照らし、原告主張を裏付けるに足りない。したがつて前記の返還義務ある数量は被告の争わない数量にとどまる。
(三) ところで原告は被告の領得、破損、滅失により右返還義務の履行は不能となつたとしてこれに代る損害賠償を請求しているのであるけれども、佐々木信親供述によれば被告はこれら資材を現在も保管しており、その返還は可能であるというのであつて、右供述を覆えすべき証拠はない。たゞし右供述においても原告の活字は被告所有の活字ないし地金と混同して物質的な区別のつかない状態であることが認められるけれども、印刷用活字は周知の用法上地金を活字に鋳造し、更に地金にもどす循環を繰り返すものであり、その特定性の稀薄なものであるから、その引渡においても同一重量の活字あるいは地金の引渡をもつて足りると考えられるから、本件の場合返還は可能であると認められる。
(四) 物自体の返還が可能である以上、原告は返還を要求すれば足り、その履行不能を要件とする損害賠償請求権を有しないものである。したがつてその賠償を求める請求は理由がない。
五、更に原告は原告主張資材の返還が得られないので止むなく他から資材を借りたためその賃料相当額の損害を受けたと主張するのに、この事実を認めるに足りる証拠がなく、したがつて右請求も理由がない。
すなわち前記資材の返還がいまだに行われていない理由が被告の責めに帰する旨認めるに充分な証拠がないのみならず、原告が右資材のないため他より資材を借りた旨の証拠もない。
宮田孝供述はこの点に関し信用できず、同供述により成立の認められる甲第九、第一〇号証はその作成日付からみて昭和三五年一〇月末日以降に原告が他から活字を借りた事実を証明するのに何の力ももたないのである。
六、以上のように原告の請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第三〇部
裁判官 花 田 政 道